山岳救助に向かった3人が死亡する惨事となった北アルプス奥穂高岳・通称「ロバの耳」で起きた岐阜県防災ヘリ「若鮎2号」の墜落事故。直前にヘリ
を降りた県警の山岳警備隊員は「ヘリが自分に向かって落ちてきて体を伏せた」と事故の瞬間の恐怖を語ったという。突然の悲報を知らされた隊員の家族たち
は、一様に「今朝まで元気だったのに、信じられない」と肩を落とし、現地へと向かった。【山田尚弘、石山絵歩、飯田和樹、岡大介】
県警高山署の下平春樹署長によると、現場に到着したヘリから山岳警備隊員の志村哲巡査長(36)ら2人が降り、急病の冨沢薫さん(64)を遺体で
発見。志村さんらは遺体を梱包(こんぽう)し、無線でヘリに発見地点まで来るよう要請。到着したヘリはロープを降ろし20~30メートル上空でホバリン
グ。志村さんらがロープに遺体の収容袋をくくりつけようとしていた時、突然「バーン」という乾いた音が響いた。「ロープが吹き飛ばされ、見上げるとヘリが
自分の方に向かって落ちてきた。『危ない』と思い、2人で体を伏せた」。ヘリは岩場を滑るように落ちていったという。
一方、現場近くの山荘従業員の男性も冨沢さんの救助に参加していて事故を目撃した。「爆発するような音が聞こえた。何とも表現しづらい音だが、聞
いた瞬間に『ああ、落ちたな』と分かった。振り向くとヘリコプターは炎上していた」。冨沢さん以外の登山パーティーの9人は救助作業の現場の10メートル
ほど下で見ており、ショックを受けた様子だったという。男性によると、この日は晴天だったが、時折、まばらに霧が現れた。事故当時の現場も霧が出ていたと
いう。
11日夜に会見した河合正明・県危機管理統括監は「無理な飛行をしたとは思えない。情報がつかめない」と話した。さらに、操縦士の朝倉さんと整備
士の三好さんについて、「ミスの許されない仕事で、強い正義感を持って危険な業務に取り組んでいた。勤務態度もまじめだった」と振り返り、「大変残念な事
故だと思う。搭乗されていた3人の方には心からお悔やみを申し上げたい」と話した。
3人の上司の河村就也・防災航空センター長は「ベテランの朝倉さんは仕事熱心で責任感にあふれていた。三好さんは、チームワークを構築するのがう
まく、明るい性格。後藤さんは、明るく温厚な性格で、人望が厚かった」と3人の人柄を語り、「素晴らしい人材を失い、ショックが大きい」と悔やんだ。
岐阜県防災課などによると、11日午後1時33分、仲間と10人で登山をしていた冨沢さんが遭難したと同じパーティーのメンバーが長野県松本広域
消防局に通報。岐阜県高山市消防本部を通じ、県防災航空センターに連絡があった。同県各務原市を離陸した防災ヘリ「若鮎2号」から午後3時5分、後藤敦副
隊長が「地上に降りた隊員と一緒にこれから活動する」と県防災航空センターに連絡。同3時半ごろ、県警高山署から、県防災課に墜落の通報が入ったという。
◇遺族ら悲しみをこらえ現地へ
死亡した隊員の家族や知人らは突然の悲報に声を失った。
県防災航空センター副隊長、後藤敦さん(34)は93年に羽島郡消防事務組合に入り、消防士や救助隊員として経験を積み、今春から副隊長を務めていた。
岐阜県笠松町の後藤さんの自宅では、祖母の美智子さん(82)が「今朝も7時ごろ、出かけていった。『おばあちゃん、行ってきます』と聞いたのが最後の言葉だった。花を供えてやります」と悲しそうに話した。
近所の人の話では、後藤さんは高校時代は野球部の投手として活躍。小学生の長男長女をかわいがり、長男とはよくキャッチボールをしていたという。
後藤さんと一緒に野球のコーチをしている鷲見靖国さん(66)は「あっちゃんが生まれた時から知っている。自分の息子を亡くしたみたい」と肩を落とした。
三好秀穂さん(47)は川崎重工業で14年半勤め、96年から岐阜県庁入りしてヘリコプター整備士となった。同県各務原市の自宅では妻いつみさん
(49)が「主人も普段から言っていたので、危険な仕事であることは分かっていた。今朝、私の方が先に仕事に出たので『行ってくるね』とあいさつしたのが
最後です」と悲しみをこらえるように話した後、車に乗り込み、高山に向かった。
また操縦士の朝倉仁さん(57)は航空自衛隊3等空佐から97年に県庁入りし、ヘリの操縦士を務めた。各務原市の自宅近くの住民らによると、地元
の行事や清掃活動などに積極的に参加していたという。近所の女性は「何でもきちんとした人だった。まだ信じられない」と話した。【子林光和、小林哲夫、高
橋恵子】
◇機体以外に原因か--航空評論家の青木謙知さんの話
何らかの原因で操縦士が稜線(りょうせん)とテールローター(回転尾翼)の位置を誤ったのではないか。テールローターは回転している時は肉眼では
見にくく、1、2センチの操作の違いで事故につながることがある。今回はヘリコプターから無事に救助隊員が降ろされており、それまで機体に異常があったと
は考えにくい。
◇NHK名古屋、番組内容変更
北アルプス奥穂高岳で起きた岐阜県の防災ヘリコプター墜落事故を受け、NHK名古屋放送局(名古屋市東区)は11日、同日午後8時からの番組「金とく」で放送予定だった「北アルプス大縦走(後編)」を変更したと発表した。【稲垣衆史】
◇過去のヘリ事故、74年以降は407件--運輸安全委
国土交通省運輸安全委員会によると、同委が調べたヘリコプターの事故は1974年以降407件あるが、「山岳遭難救助中の防災ヘリの死亡墜落事故
は、聞いたことがない」と言う。運輸安全委は、防災ヘリに限定した統計がなく断定はできないとしながらも「少なくともここ近年はない」と話す。
防災ヘリが絡んだ死亡事故は、訓練中に隊員が墜落した事故がほとんど。山岳救助中の事故としては▽99年7月に奈良県十津川村で、遭難者捜索中の
同県防災ヘリが不時着に失敗し大破、乗員2人が負傷▽02年1月に長野県大町市で、遭難者救出作業中の山岳レスキュー会社の社長が、同社ヘリにつり下げた
救助用ネットから転落死--がある。【黒尾透】
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◆防災ヘリ墜落事故の流れ◆
13時33分 地元消防から県防災航空隊に出動要請
14時 9分 若鮎2号が離陸
15時 5分 後藤副隊長から「これから地上に降りて隊員と活動する」と県防災航空センターに一報。以後、通信が途絶える
15時22分 現場の山岳警備隊員から「ヘリが岩盤に当たって墜落した」と高山署に無線連絡
15時30分 県防災航空センターから墜落の一報
16時10分 岐阜県警にヘリ墜落事故警備本部設置
16時30分 若鮎2号の墜落炎上を確認
17時25分 県警のヘリが2遺体を収容
17時42分 1遺体を収容
18時25分 遺体を高山署に搬送
◆最近の主なヘリコプター事故◆
00年 9月 富山県立山町の場外離着陸場で墜落、2人が死亡
00年11月 岐阜県高鷲村(現・郡上市)のゴルフ場に墜落、2人死亡
01年 5月 三重県桑名市上空で軽飛行機と衝突、双方の計6人が死亡
02年 5月 松山空港南西海上で墜落、2人死亡
02年 7月 大阪府八尾空港で墜落、2人死亡
04年 3月 長野県南木曽町で交通事故取材中、送電線に接触して墜落、4人死亡
04年12月 佐賀県の佐賀空港に空輸中、海上に墜落、3人死亡
05年 5月 静岡市清水区で県警所属機が渋滞調査中に墜落、5人死亡
07年 6月 岐阜県中津川市の山中で燃料切れのため墜落、1人死亡
07年10月 堺市で体験飛行中に墜落、2人死亡
08年 7月 青森県大間町海上で取材中に墜落、4人死亡
09年 7月 兵庫県但馬空港に向かう途中の山中に墜落、2人死亡